失敗事例

事例名称 耐震強度偽装発覚
代表図
事例発生日付 2005年11月17日
事例発生地 東京都、千葉県、神奈川県の3都県、21件
事例発生場所 マンション20件とホテル1件
事例概要 2005年11月17日、国土交通省(国交省)は、マンション20棟、ホテル1棟の計21棟の耐震構造計算書に偽装があったことが発覚したと発表した。その後、次々にこれら耐震偽装に関する事実が露呈され、この事件関係者の国会喚問にまで発展した。
本事件の原因は、耐震構造計算書を偽装した個人の私利私欲とする意見が多いが、偽装を見抜けなかった建築確認の制度にもっと大きな問題があると言える。
事象 姉歯元一級建築士が1997年5月ごろからマンションやホテル建屋の耐震強度を偽装。民間の指定確認検査機関がその偽装を見抜けず、建築が認可され、震度5強の地震動で崩壊する可能性のある建物に入居が済んだ物件まであった。2005年10月7日に、一つの検査機関内部を名乗る者から国交省に帳簿の不備に関する告発があり、立ち入り検査で耐震強度の偽装が発覚した。国交省は同年11月17日にそれまでにわかった偽装物件を発表した。
その後、調査が進むにつれ、耐震強度偽装物件も増え、入居者に補償すべき建築主に賠償能力もなく、行政の支援も不十分だった。多くの関係者の国会喚問にまで進み、偽装を行った姉歯の周りで自殺者まで出、姉歯の実刑が確定したものの、民事訴訟や本事件にまつわる詐欺容疑の裁判がまだ続いている。
経過 耐震偽装が発表されたのは2005年11月17日だったが、偽装は1997年5月ごろに始まっていた。ここでは、発表後にわかった事実も時系列に姉歯の実刑確定までを示す。
【1997年】
( 5月30日)姉歯(当時、一級建築士)による耐震偽装工作が始まる。東京都中央区月島の「ゼファー月島」。
【1998年】
( 7月15日)姉歯が「グランドステージ池上」の耐震偽装工作。建築主ヒューザー、施工者松村組、下請け木村建設。姉歯は国会喚問で、最初の偽装と証言した。
【2004年】
( 2月28日)「千葉設計」と「アトラス設計」が姉歯の港区赤羽根橋のワンルームマンション構造計算書の偽装を見抜き、日本ERI担当検査員に進言するも事件に発展せず
【2005年】
(10月 7日)「イーホームズ」関係者を名乗る者から国土交通省にイーホムズで建築基準法による帳簿が整備されていないなど、告発の電話
(10月13日)「グランドステージ北千住」の施工を「ヒューザー」から請け負った業者「志多組」が鉄筋の異常に気付き、アトラス設計に検査依頼。グランドステージ北千住は、「スペースワン建築研究所」が設計、姉歯に委託していた。
(10月18日)「アトラス設計」渡辺朋幸社長、2005年10月、「グランドステージ藤沢」の完成予定を知り、イーホームズに通知
(10月24日)国交省がイーホームズに立入検査
(10月26日)イーホームズから国交省職員に同社の構造計算書に偽装があったことが発覚と電子メール
(11月10日)国交省、イーホームズ(20件)、東日本住宅評価センター(1件)の構造計算書、構造詳細図等の提出を求めた
(11月17日)国交省発表、マンション20棟、ホテル1棟の耐震偽装発覚。完成済みは14棟。内、20棟の耐震構造計算書審査はイーホームズが担当。
(11月21日)国交省発表。14棟のうち、13棟は震度5で大きく損壊することがわかった。工事中未着工の7棟から3棟を抽出再計算、同じく震度5で大きく崩壊することがわかった。
(11月24日)聴聞会で、姉歯はこのとき取引先から鉄筋量を減らせと圧力受けたと主張。
      千葉県調査で姉歯関与ホテル、46棟と判明。
      国交省、イーホームズ立ち入り検査。
(11月25日)国交省、イーホームズ3支店立ち入り検査
(11月26日)構造計算書の偽造などが発覚したビルが35棟になった。
(11月29日)衆議院国土交通委員会、参考人質疑。ヒューザー小嶋進社長、木村建設篠塚明東京支店長、イーホームズ藤田東吾社長
(12月 5日)国交省、姉歯を建築基準法違反の件で警視庁に告発
(12月 8日)国交省が姉歯の建築士資格取消
(12月14日)姉歯証人喚問。
      『98年グランドステージ池上から偽造、全部で60件程度。鉄筋を減らせと木村建設篠塚元支店長からの圧力があった。イーホームズは見抜くと思った。
      「総合経営研究所(総研)」、内河健所長、総研の四ヶ所猛と4,5回面会、コストダウンで総研で講師も務めた』-姉歯談
      続いて「木村建設」木村盛好社長、篠塚の証人喚問、篠塚は圧力を否定。
      『平成設計は木村建設の子会社、総合経営研究所の指示で動いている』-木村談
【2006年】
( 9月 6日)姉歯初公判。建築基準法違反や、偽証罪など。
(12月26日)地裁で姉歯に懲役5年、罰金180万円の実刑判決
【2007年】
(11月 7日)高裁が姉歯の控訴棄却
【2008年】
( 2月19日)最高裁が姉歯の上告棄却。懲役5年、罰金180万円の実刑確定。
 偽装による耐震性の不足が懸念されるビルの耐震性再評価で、Qu/Qun(背景、表1参照)が0.5以下になった場合、国土交通省は自主退去勧告、その後使用禁止命令を出した。また、Qu/Qunが0.5から1.0の場合は、耐震補強を施すことにより、Qu/Qunが 1.0 より大きくなったことを示せばよいとした。本来、入居者の退去に伴い、全額を払い戻すべき建築主にその賠償能力もなく、国や自治体の補償も不十分であった。入居者は耐震補強の費用を負担、退去者はローンだけが残ったなど、経済的負担が非常に大きくなり、姉歯や行政を相手に民事訴訟を起こした者もいる。
 図2に姉歯による耐震偽装物件の Qu/Qun 値を、(a) 事件発覚時と、(b) 耐震補強で Qu/Qun が1.0を超えた物件、取り壊しなどで消えた物件を除いて最近の残件についてプロットする。横軸は、散らばりがわかるようデータ点を散らすために設けたもので、特に物理的な意味はない。
原因 一建築士が、より多くの設計業務を請け負ってその商売が繁盛することを狙い、鉄筋量を減らすことによるコスト削減、すばやい設計業務との評判を作りたくて耐震偽装を行った。
耐震構造計算では、複雑な形状をした建物について正確に行って鉄筋量を減らすにはコンピュータープログラムに頼るところがあり、そのコンピュータープログラムがブラックボックス化していた。審査は入力条件と計算結果を見るだけという形骸化していたため、審査機関では偽装を見抜けずに設計の認可をしていた。
対処 国土交通省は耐震偽装発覚を発表した日から、国、関係都県及び関係特定行政庁からなる「構造計算書偽造問題対策連絡協議会」を設置し、21件のビルに対して、対応を行うこととした。以下7項目はその抜粋である。
(1) 安全性の確認と入居者等への連絡:再計算による偽造の影響、耐震性の確認。建築物所有者、管理組合、居住者等への連絡。
(2) 居住者の受け入れ住宅等:耐震性の問題が確認されれば、当該住宅からの退去者を公営住宅等で受け入れる準備。
(3) 他の建築物に関する調査
(4) 処分・告発:姉歯建築設計事務所等設計者の告発準備、および指定確認検査機関に対する監督処分準備。
(5) 再発防止策等:構造計算用コンピュータプログラム及びそれを使用した審査の適性調査開始。法令遵守の徹底について通知。
(6) 相談窓口の設置:竣工済み13件のマンション所有者に連絡、行政や社団法人に相談窓口を設ける。
(7) 制度とその運用見直し:構造計算プログラムの大臣認定制度、指定確認検査機関制度を含めて現行制度と運用の検証及び改善の検討開始。
対策 本記事の耐震偽装事件を受け、改正建築基準法が2006年に成立、2007年6月20日に施行された。
この改正に伴い、偽装を防止するための改ざん防止機能を組み込んだコンピュータープログラムが開発され、2008年2月22日、NTTデータのものが国土交通大臣の認定を受けた。
知識化 1.コンピュータプログラムの計算結果を、入力データと出力結果だけを見て確認したのでは不十分なことがある
2.人は、金に目がくらむと道義を忘れることがある
3.あまりに難解な審査過程を設定すると、人はそれをまじめにやらなくなる
4.設計や、その審査の作業では、現場・現物の感覚を常に持ちながらやらないと大きな誤りを犯すことがある。
背景 建築基準法施行令によると、耐震性評価に使われる保有水平耐力指標値 Qu/Qun の2つの項は、それぞれ次のように定義されている。
Qu: 保有水平耐力(kN)
Qun: 必要保有水平耐力(kN)
 同施行令では、その第八十二条の三で『建築物の地上部分については、保有水平耐力が必要保有水平耐力以上であること』と定めている。つまり、Qu/Qunが1.0以上ないと、その建物には必要な耐震性がないことがわかる。
 一方、文部科学省による官庁施設の総合耐震計画基準、および、国土交通省からの発表を合わせると、Qu/Qun値に対する鉄筋コンクリートビルの地震時の損傷予想は表1のようになる。また姉歯によって行われた耐震偽装物件の Qu/Qun の値を図2に示す。
後日談 改正建築基準法の施行に伴い、施工前の審査が厳しくなり、審査請求から認可がおりるまでにかかる時間が長くなり、その間工事に着工できないために住宅着工が落ち込んだ。
姉歯の耐震偽装が発覚した後、札幌市で浅沼良一二級建築士による耐震偽装、アパホテル2棟を含む田村水落設計による耐震偽装が発覚した。2006年3月31日には、姉歯による耐震強度偽装物件は98件、他の建築士による偽装や計算間違いも含めるとその時、耐震性に問題のある建物が110件報告されていた。
建築基準法改正に伴い、耐震構造計算を行うコンピュータプログラムが多数開発に突入したが、開発は偽装を防止するための改ざん防止機能を組み込まなければならないなどで大幅に遅れ、2008年2月22日、ようやくNTTデータのものが国土交通大臣の認定を受けた。
シナリオ
主シナリオ 手順の不遵守、手順無視、価値観不良、安全意識不良、組織運営不良、運営の硬直化、審査の形骸化、計画・設計、計画不良、不良行為、倫理道徳違反、データ改ざん、非定常行為、無為、データ改ざん看過、社会の被害、社会機能不全、賠償能力不足、組織の損失、経済的損失、未来への被害、予想不可能な結果、地震被害
情報源 構造計算書偽装問題とその対応について、国土交通省、
(http://www.mlit.go.jp/kozogiso/index.html)
姉歯(あねは)建築設計事務所による構造計算書の偽造とその対応について、
国土交通省 2005年11月17日
(http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha05/07/071117_.html)
該当物件の公表について、別紙1 構造計算書偽造物件、
国土交通省 2005年11月21日
(http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha05/07/071121/01.pdf)
姉歯元一級建築士による構造計算書の偽装があった物件等(平成20年1月28日現在)、
国土交通省 (http://www.mlit.go.jp/kozogiso/list.pdf)
報告書、構造計算書偽装問題に関する緊急調査委員会、国土交通省 2006年4月6日 (http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha06/15/150406/03.pdf)
衆議院ホームページ
(http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index.htm)
耐震偽装に関する質問主意書、衆議院、2006年1月13日 (http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon_pdf_s.nsf/html/shitsumon/
pdfS/a164029.pdf/$File/a164029.pdf)
耐震偽装に関する質問に対する答弁書、衆議院、2006年2月7日 (http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon_pdf_t.nsf/html/shitsumon/
pdfT/b164029.pdf/$File/b164029.pdf)
会議録 第163回国会 国土交通委員会 第11号(平成17年12月14日(水曜日))(http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/
kaigiroku/009916320051214011.htm)
会議録 第163回国会 国土交通委員会 第14号(平成18年1月17日(火曜日))(http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/
kaigiroku/009916320060117014.htm)
日本共産党オンライン新聞、しんぶん赤旗2005年12月3日号
(http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-12-03/2005120301_02_2.html)
建築基準法施行令、内閣
(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25SE338.html)
建築基準法、内閣
(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO201.html)
官庁施設の総合耐震計画基準、文部科学省、2004年8月4日改定 (http://www.mext.go.jp/a_menu/shisetu/eizen/04032202/007.pdf)
マルチメディアファイル 表1.Qu/Qun値と地震時のビルの挙動
図2.事件発覚時と最近の姉歯による耐震偽装物件のQu/Qun値
備考 事例ID:CZ0200713
分野 その他
データ作成者 飯野 謙次 (SYDROSE LP)
畑村 洋太郎 (工学院大学)