事例名称 |
オーストリアケーブルカー火災 |
代表図 |
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事例発生日付 |
2000年11月11日 |
事例発生地 |
オーストリア中部 ザルツブルグ州カプルン |
事例発生場所 |
キッシュタインホルン山にあるケーブルカーのトンネル内 |
事例概要 |
オーストリアのキッシュタインホルン山の山ろくの駅と山頂の駅とを結ぶスキー客専用のケーブルカー(図2に場所を示す)がトンネル内を走行中に火災を発生し,日本人10人を含む155人が犠牲となった。 ケーブルカーに違法に設置された暖房器が発火の原因であるが、トンネル内で立ち往生するケーブルカーの車内から、自力で脱出することに成功した乗客の多くが、トンネルの出口を目指し上方に逃げた。ところが、傾斜45度という急勾配のトンネルが煙突状態となって、煙にまかれたことが被害拡大の原因である。 |
事象 |
キッシュタインホルン山の山ろくの駅(標高911m)から乗客161名を乗せたケーブルカーは山頂の駅(標高2452m)をめざして出発した。ケーブルカーが途中のトンネルに入った後、車両後部から出火したが、運転手は気づかず走行を続け、標高2400mのトンネル内で突然停止した。トンネル内で立ち往生するケーブルカーの車内から、自力で脱出することに成功した乗客の多くがトンネルの出口を目指し上方に逃げた。しかし、上方に逃げた150人全員(運転手と乗客149人)が煙に巻かれて死亡した。下りのケーブルカーの2人、山頂駅側のトンネル出口付近にいた3人含め合計155人(内10人が日本人)が犠牲となった。ケーブルカーを脱出して下方に逃げた12人は助かった。 |
経過 |
2000年11月11日、この日はオーストリアの冬のスキーシーズン初日であった。 9:00、ザルツブルグ、カプルンのキッシュタインホルン山ろくの駅(標高911m)から満員に近い161人の乗客を乗せたケーブルカー(定員180人の2両編成)は山頂の駅へ向けて出発した(同時に、下りのケーブルカーは、乗客1人を乗せて山頂の駅を出発した)。出発して20~25mの地点で、乗客の1人が後部車両運転席付近から煙が出ているのを視認。 9:01頃、山ろく駅から約300mの地点で、後部車両の火元近くにいた乗客が異常に気づき、携帯電話で緊急通報しようとしたが、通話圏外で出来なかった。運転手に対しても伝達手段がなかった。 9:02頃、トンネルの入口から約600m(山ろく駅から1132m:標高2400m)地点でケーブルカーが停車。連動して動いている下りのケーブルカーも停車した。 9:05頃、火災に気づいた乗客がパニック状態になり、ストックやスキー板で窓ガラスを割って車外に脱出。12人はトンネル下方に逃げた。その他の乗客は、火と煙に追われてトンネル上方に逃げた。 9:10頃、運転手が頂上駅に火災発生を連絡。 9:11頃、電気系統停止。 9:40頃、下方に逃げた12人の生存者が山ろく駅側のトンネル出口に到達した。 |
原因 |
1.発火の原因 ケーブルカーに違法に設置された暖房器が原因であった。暖房器は家庭用の電気ファンヒータ(カバーがプラスチック製)で暖房器メーカーの取り扱い説明書には「車両では使わないこと」と明記してあった。運転席スペースの制約から車両メーカーが暖房器を分解し、しかも作動油用配管の近くに取り付けてられていた。 2.被害拡大の原因 ・トンネルに入る前に乗客は火災に気付いたが、運転士はそれに気づくことなくトンネルに入った。 ・火災の熱により複数のケーブルのうち1本が切断され、自動停止装置が作動し、トンネル内でケーブルカーが停止した。 ・多数の乗客がトンネルの出口を目指し上方に逃げた。立ち往生するケーブルカーの車内から、自力で脱出することに成功したが、傾斜45度という急勾配のトンネルが煙突状態となってしまい、全員が煙にまかれた。 ・車両床のゴムマットは、スキー靴を履いた乗客の乗り心地を考え、柔らか素材で火がつきやすく燃焼速度の速い素材であった。 ・乗客が着用していたスキーウェアも引火性が高く、被害拡大の原因のひとつとなった。 |
対処 |
9:10頃、レスキュー隊が最高度の緊急出動要請を受電。 9:20頃、レスキュー隊が山ろく駅に到着したが、トンネル内で何が起こっているか全く掴めていなかった。 9:35頃、山頂駅の施設係員、乗客などが煙に気づき避難した。 9:40頃、山ろく駅側トンネル出口に到着した生存者を、ヘリコプターなどで病院に搬送。 10:10頃、山頂駅側にレスキュー隊がヘリコプターで到着。 10:16頃、酸素ボンベを装着したレスキュー隊員が山頂駅側のトンネル内捜索を開始。出口付近で倒れている3人を発見。2人は既に死亡。のこり1人も救急治療の甲斐なく死亡。 12:00頃、レスキュー隊員がヘリコプターで中腹まで移動。トンネルの中間地点にある横穴からトンネル内の状況を調査、入った瞬間、トンネル内に残された乗客は全員絶望であることが判明。 13:00、ザルツブルグ地方長が「詳細を早く伝えられるよう努力する」旨の記者発表。 15:05頃、消防隊員が、下りケーブルカー内で死亡している2人を発見。 この事故では、ヘリコプター13機などが救出活動にあたったほか、 赤十字職員、地元警察、国際会議のためザルツブルグに滞在中の医師らが事故現場に向かった。 赤十字は、40名の心理学者を集め、被害者の家族への精神面のケア体制をとった。 現場は傾斜45度の険しい地形のため、ヘリコプターの着陸に支障があるなど作業は難航した。 |
対策 |
事故を起したケーブルカーは事故後運行を停止した。代わりに24人乗りゴンドラリフトと15人乗りゴンドラリフトが設置され、それぞれ2001年12月、2002年10月より運行されている。 |
知識化 |
1.トンネル内の火災事故にあった場合は、できるだけ下方に逃げる。上方は煙突効果で、煙・COガスが上がってくるので危険である。 2.車両事故では、異常の発見者が運転手に通報できる手段が確保されていなければいけない。 3.火災事故では、難燃性素材の採用は不可欠である。 4.車両の改造や後付をする場合は、そのことによる不具合・危険が発生しないか仮想演習が不可欠である。 5.流用は事故・不具合の元となる。 |
背景 |
このケーブルカーは標高911mの山ろく駅からキッシュタインホルン山標高2452mにある山頂駅(アルペンセンター駅)までスキー客を運ぶため、1972年に設置された。定員180人の2両編成の車両は、直径5cmのケーブルで牽引されていた。このため駆動用のモーターは必要なく、照明や暖房器のヒーターおよび送風用ファン、ドア開閉用油圧シリンダーなどに使われる油圧機器作動用ポンプの電源が、架線から取り入れられているだけであった。このため火災の危険性は非常に低いと考えられていた。ケーブルカーでは世界最長のこの路線では、創業以来累計1800万人にもおよぶ乗客を運んでおり、同地域では誇りにしていた。1994年には車両が全面改装されたが難燃素材は使用されていなかった。この路線は全長3.8kmのうち、そのほとんどと言っていい3.2kmがトンネル部分であった。路線の中間辺りでは、トンネル内で上りと下りのケーブルカーがすれ違うため複線になっていたが、その他の部分は単線であった。中間地点には、緊急時用に横穴が設けられていた。 |
後日談 |
2002年6月、ザルツブルグ地裁で裁判が始まり、2004年1月に結審。 そして2月19日にオーストリア・ザルツブルグ地裁では、この事故で、 ケーブルカー運行会社の役員ら16人が業務上過失致死罪などに問われていたが、2004年2月にザルツブルグ地裁で「暖房器について担当者が気が付くほど明白な損傷がなかった」と述べた上で「事故は予見できなかった」として全員に無罪の判決を言い渡した。原告は上告したが、2005年に最高裁でも無罪の判決であった。 2007年11月6日、本事故の被害者救済目的でオーストリア政府が設立した和解委員会は、国やケーブルカー会社などが日本人被害者らの遺族に対し、総額約22億円補償金を支払う案を被害者側弁護士らに示し、2008年1月15日最終的に、日本人犠牲者10人の遺族は受け入れを決めた。 なお、事故後日本でも運輸省(現在の国土交通省)が全国の鉄道など215事業者に火災対策について安全総点検を行うよう指示。 JR北海道、JR貨物、名古屋鉄道など17事業者に避難誘導や設備に以下のような不適切なものが見つかった。 ・JR北海道:トンネル内避難誘導灯の球切れ ・JR貨物: 消火器の期限切れ ・名古屋鉄道:車両用通報設備の不具合 また、フランスではケーブル鉄道の安全点検を実施した。 |
よもやま話 |
この事故での犠牲者は、猪苗代中学の生徒6人を含む日本人10人、オーストリア人92人、ドイツ人37人、アメリカ人8人、スロベニア人4人、オランダ人2人、ブライトン人1人、チェコ人1人。 犠牲者の中にスキーヤーの出口沖彦さん、1999年世界選手権デュアルモーグル優勝の サンドラ・シュミットさんもいた。 ケーブルカー事故のあったこの山はピーク時になると、10000人の人であふれ、またカプルン周辺は年に45万人の滞在客を抱える。 アルプス周辺のケーブルカー事故は2000年6月ドイツで64人の負傷者がでた事故のほか、1999年にもフランス、イタリア国境のモンブラントンネルで乗客39人が犠牲となる火災事故も起きている。 |
シナリオ |
主シナリオ
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調査・検討の不足、仮想演習不足、火災事故不想定、価値観不良、安全意識不良、組織運営不良、管理不良、計画・設計、流用設計、計画・設計、計画不良、不良現象、化学現象、発熱・発火、COガス、身体的被害、死亡、組織の損失、経済的損失、組織の損失、社会的損失
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情報源 |
畑村洋太郎、飯野謙次編集、失敗年鑑2004、特定非営利活動法人失敗学会、PAGE25-34
中尾政之、失敗百選、森北出版株式会社、PAGE198-199
日本経済新聞(夕刊)、2008-01-15
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死者数 |
155 |
マルチメディアファイル |
図2.ケーブルカーのある場所
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備考 |
事例ID:CZ0200717 |
分野 |
その他
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データ作成者 |
張田 吉昭 (有限会社フローネット)
畑村 洋太郎 (工学院大学)
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