失敗事例

事例名称 平塚エスカレータ首はさまれ
代表図
事例発生日付 2007年10月16日
事例発生地 神奈川県平塚市
事例発生場所 スーパーマーケットのエスカレータ
事例概要 スーパー西友平塚店で小学校3年生の男児がスロープ式エスカレータで手すりとアクリル樹脂製の固定保護板との間に頭を挟まれ一時意識不明の重体となった。手すりから身を乗り出したことが事故のきっかけであるが、固定保護板の設置方法にも問題があったとされている。
事象 地下1階から1階に上がるスロープ式のエスカレータ(図2)で、小学3年生の男児が左側手すりから身を乗り出し、手すりとアクリル樹脂製の固定保護板との間に頭を挟まれた。一時意識不明の重体となったが、3日後に意識を取り戻した。
経過 10月16日午後4時頃、小学3年生(9歳)の男児が友達と、10月18日に予定されている遠足用のおやつを買いに、近くのスーパー西友平塚店に出かけた。
地下1階の売り場でおやつを買った後、1階に行くためスロープ式のエスカレータに乗ったが、50円玉を地下1階のフロアに落としてしまった。
男児は左側手すりから身を乗り出して下を覗き込んでいたところ、1階近くのアクリル樹脂製の固定保護板(幅145cm)と手すりのベルトの間約15cmの隙間に頭を挟まれたまま上昇し、石膏ボード製の柱の壁にぶつかった(図3)。エスカレータは停止することなく動き続けた。
一緒にいた友達が騒ぐのを聞きつけた店員がエスカレータの緊急停止装置を作動させ停止し、男児を救出した。ぐったりした男児は駆けつけた救急隊員により病院に搬送されたが、意識不明の重体であった。
幸い、10月19日に男児の意識が戻り、24日には退院することが出来た。
なお、事故を起こしたエスカレータと保護板は、シンドラーエレベータ社が製造し、民間の指定確認検査機関イーホームズ(その後廃業)の検査を経て2005年4月に設置された。シンドラー社が年1回の定期点検を実施していた。
原因 1.頭部を挟まれた原因
・手すりから身を乗り出したことが、事故のきっかけである。
・手すりと固定保護板の距離(約15cm)が男児の頭部寸法に近かった。
2.挟まれ防止対策の不備
報道では、規定に対して固定保護板の長さが不足していた(規定は手すり上部から20cm以上に対し約2cm)ことを指摘しているが、規定通りの長さであっても挟まれ事故は発生する。手すりと固定保護板の間に挟まれないような構造でなかったことが原因と考えられる(対策欄参照)。
対処 10月17日、国土交通省は、各都道府県に対し「エスカレーターの交差部に設ける保護板の緊急点検について」として、今回事故を起こしたエスカレーターの保護板の下端が手すりの上端部から下方に約2cmしか届かない長さとなっており、建築基準法に適合していないことが判明したとして、保護板の設置状況について緊急点検の実施・点検結果の報告、及び(社)日本エレベーター協会が作成した「エスカレーターの利用の際の注意事項」を参考に、今般の緊急点検の機会を捉えて、顔や手を乗り出した利用は大変危険であること、必ず黄色い線の内側に立つこと等の利用者に対する注意喚起の徹底を、建築物の所有者又は管理者に対して指導するよう文書で依頼した。
対策 固定保護板の構造を図4のようにすることで、挟まれ事故は防止できる。しかし、本事例作成時点では、上記対処レベルで留まっており、再発防止には不十分な状態と考える。なお、図4の構造は本事故の再現実験を行った工学院大学畑村洋太郎らの対応案である(よもやま話欄参照)。
知識化 1.法の基準を守っているからといって、必ずしも安全とはいえない。
検査合格はあくまで検査基準に対する合格であって、真の安全性を担保するものではない。
2.規定の解釈で構造が変わる。
シンドラー社は、事故の2日後に保護板の前縁部が手すり上面から23cmあるとして、建築基準法に従っているとシンドラー社のホームページで述べた。規定の表現は「固定保護板の下階側前縁」の寸法としているので、「前縁」がどこを示すかで解釈が変わってしまう。規定は解釈が変わらないように明確に示すことが不可欠である。
3.法の基準を制定した者は、その基準が有効かつ適切であることを立証する必要がある。
この事例では、再現実験(よもやま話欄参照)によって、基準そのものに妥当性に欠ける部分があることがわかった。
背景 エスカレータで天井や隣接エスカレータとの間に頭部などが挟まれる事故を防ぐため、2000年の建築基準法改正(旧建設省、現在の国土交通省告示)で、従来の三角部ガード板(可動式)に加えてエスカレータの交差部に以下のような固定保護板の設置を義務づけていた。
「固定保護板の下階側前縁は、衝突時の怪我と破損を防ぐため厚さ6mm以上の角がないものとし、前縁の長さはハンドレール上面から鉛直下方に20cm以上とすること。ただし、鉛直下方に伸ばせない場合は、その下端をデッキボード上に載せてもよい。」
後日談 2008年4月4日、平塚警察署は固定保護板が建築基準法の設置基準より短かったことが、事故につながったとして、シンドラーエレベータ社の社員と設置請負業者の社長、取り付け業者の社長、そして民間検査機関のイーホームズ社の検査担当者2名の合計5名を書類送検した。2005年1月~3月、シンドラーエレベータ社から固定保護板設置を請け負った業者は基準より短い板を設置、イーホームズ社の検査担当者は長さを測らずに検査済み証を発行、またシンドラーエレベータ社の社員も保護板の長さが不足していることを見逃したとしている。
よもやま話 工学院大学畑村洋太郎教授らの再現実験によると、固定保護板の長さが規定通りであっても、頭部が挟まれる危険性のあることが判明した。その実験によると、頭部にかかる力は最低でも42kgfであり、固定保護板と手すりとの相対運動によって、首がひねられることが判明した。その結果窒息状態になって本事故の男児のように意識不明となる(図5、図6、図7)。
シナリオ
主シナリオ 不注意、注意・用心不足、調査・検討の不足、仮想演習不足、計画・設計、計画不良、不良行為、規則違反、定常動作、危険動作、身体的被害、負傷、起こり得る被害、潜在危険
情報源 毎日新聞、2007/10/17
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha07/07/071017/03.pdf
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha07/07/071017/01.pdf
http://www.schindler.jp/jpn_news?news=113806
負傷者数 1
マルチメディアファイル 図2.事故を起こしたエスカレータ
図3.アクリル保護板(国交省基準品に取替済)
図4.対策図
図5.挟まれ力を測定する再現実験の概要
図6.ダミー頭部設置要領
図7.再現実験で実測された荷重の波形
備考 事例ID:CZ0200806
分野 その他
データ作成者 張田 吉昭 (有限会社フローネット)
畑村 洋太郎 (工学院大学)