事例名称 |
イージス艦 漁船と衝突 |
代表図 |
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事例発生日付 |
2008年02月19日 |
事例発生地 |
千葉県野島埼南方沖合 |
事例発生場所 |
北緯34度31.5分 東経139度48.6分 |
事例概要 |
2008年2月19日4時7分少し前、イージス艦「あたご(排水量7,750トン)」と漁船「清徳丸(総トン数7.3トン)」が、千葉県野島埼南方沖合にて衝突した。その結果、あたごは、艦首部に擦過傷を生じ、清徳丸は、操舵室を喪失して船体が二つに分断され、陸揚げされたが、船長、甲板員は行方不明となり、のちいずれも死亡と認定された。 |
事象 |
イージス艦あたごはハワイ州オアフ島のパールハーバーを発し、各科訓練等を行いながら、神奈川県横須賀港に向かって針路328度、自動操舵により、10.6ノット(19.6km/h)の速力で航行中であった。漁船清徳丸は、船長ほか1人が乗り組み、まぐろはえ縄漁の目的で法定灯火を表示して千葉県勝浦東部漁港を発し、東京都三宅島北方海域に向け針路215度、速力15.1ノット(28km/h)で航行中であった。 2008年2月19日4時7分少し前、千葉県野島埼南方沖合北緯34度31.5分 東経139度48.6分において、あたごの艦首部と清徳丸の左舷ほぼ中央部が衝突した(図2参照)。当時、天候は晴、北東の風風力2、視界は良好であった。衝突の結果、あたごは艦首部に擦過傷を生じ、清徳丸は船体が二つに分断された。 |
経過 |
3時40分イージス艦は艦首右舷方向に漁船群の掲げる白灯のうち3個を初めて認めた。これらが15ノットの速力で南西方に航走していたにもかかわらず大まかな測定でほぼ1ノットの微速で操業中と判断した。漁船群の測定を中止し目視による見張りを行いながら続航した。 その後も、時折、漁船群の灯火を双眼鏡で見ていたが、漁船群に対する動静監視を行わず、艦内にあるCIC(戦闘情報センター)に漁船群の情報を提供せず、また正確にその測定を指示することもなく進行した。このころ、CICでは、付近海域に漁船が存在していることを知らず、中・遠距離のレーダー映像捕捉に主眼を置いていたためこれら近距離の漁船群を捕捉していなかった。その結果艦橋へ新たな測的情報も報告されなかった。 3時50分艦橋当直交代時「針路及び速力等についてはこのままで問題なし」と引き継ぎがなされた。 4時0分イージス艦は清徳丸が艦首右舷40.5度2.2海里のところに存在し、同船のマスト灯及び紅色舷灯を視認できる状況であったが、依然この状況に気付かず進行した。 4時4分イージス艦は、艦首右舷前方1.1海里(2km)付近に清徳丸の紅色舷灯を認めた(図4参照)。 4時6分艦橋左舷側前部にいた信号員から「漁船増速、面舵とった」との報告があった。 4時6分少し過ぎ、信号員が「漁船近いなぁ、近い、近い、近い」と声を発し、清徳丸の紅色舷灯を右舷側近距離に視認し、「機関停止、自動操舵やめ」と令し、汽笛吹鳴短音を6回吹鳴し、後進一杯を令したが及ばず、4時7分少し前イージス艦は、ほぼ原速力のまま、326度を向いたその艦首が清徳丸の左舷ほぼ中央部に後方から47度の角度で衝突した。なお法律上、清徳丸も衝突の危険が差し迫った状況では直進する義務から解放されるが、早期の汽笛吹鳴(疑問信号)や衝突回避協力動作をとっていなかった。 |
原因 |
直接の原因は、海上衝突予防法第15条の規定を遵守しなかったイージス艦にある(図3参照)。 1.イージス艦 (1) 航行指針を策定し、適切な見張りの実施を始めとする航海当直要領や当直士官の留意事項等を艦橋命令として周知していたが、これを艦内に徹底させていなかった。 (2) レーダー等を運用する艦内のCIC(戦闘情報センター)における当直体制を適切に維持するよう監督していなかった。そのため事故当時要員の半数しか業務にあたっていなかった。 (3) 漁船群に対する動静監視を行わず漫然と航行した。 (4) 右舷側見張り員が、前直者から漁船群については報告済みである旨の引継ぎを受けていたので、改めて報告せず、艦首右舷前方の漁船群の監視を行わなかった。 (5) 当該、横切り状態で避航義務のあるイージス艦が海上衝突予防法第15条の規定に反し、右転するなどして清徳丸の進路を避けなかった。 2.あたごが所属する舞鶴の第3護衛隊本部 艦橋とCIC間に緊密な連絡・報告体制並びに艦橋及びCICにおける見張り体制を十分に構築していなかった。 3.漁船 海上衝突予防法第15条の規定を遵守してはいたものの、いよいよ衝突の危険が差し迫った時に同法で規定されている以下の回避措置をとらなかった。 (1) 早期の警告信号 (2) 早期に衝突を避けるための協力動作 |
対処 |
・事故発生直後、信号探照灯および目視による海面の捜索を開始。続いて救助艇2隻及び複合型作業艇1隻による捜索を実施。漁船員は救命胴衣を着用していなかったものと推定されている。 ・2月19日から3月2日までの間、海上保安庁など延べ360隻余りの船舶と230機余りの航空機により捜索が行われたが漁船員2名は行方不明となり、のち死亡と認定された。 |
対策 |
海上自衛隊では以下の対策を実施した。 (1) 見張り及び報告・通報態勢の強化 (2) 運航安全に係るチームワークの強化 (3) 運航関係者の能力向上による運航態勢の強化 (4) 隊司令による指導の徹底 (5) 自動操舵機能を使用する際の統一的な使用基準を策定 (6) 航行中の艦橋内及び艦橋・CIC間の交話の常時記録装置設置 |
知識化 |
・大きな組織では各人が自分の役割に集中するものの、とかく全体像を把握しきれていない状況が発生する。一人ひとりが全体像を共有できるしくみを整える必要がある。 |
背景 |
「海上衝突予防法第15条」では一般海域において動力船同志が互いに横切る場合、トン数によらず「相手船を右に見る方(イージス艦)が避け、左に見る方(漁船)は進路と速力を一定に保つ義務がある」とされている。しかし、実際には大型船が小型船を避けない場面がしばしば報告されている。 今回の事案では、7,750トン 対 7.3トンである。法律上直進すべき位置にあった漁船団僚船の「アッ!仲間が艦船を止めてしまった」という旨の無線通話も報道されている。 このような法律と実運用の乖離も原因の一つである。 |
よもやま話 |
海難事故が発生した場合、先ず海上保安庁から報告書が出される。それを元に国土交通省の海難審判所理事官が、将来の事故防止上必要と考えられるものにつき海難審判の申し立てを行う。これにより審判が開始される。行政処分として「免許の取消し」「業務の停止」「戒告」のいずれかが課される。 また、海上保安庁が刑事責任も問うべきと判断した場合、検察庁に書類送検し別途刑事罰が審議される。更に被害者から損害賠償の訴訟が起こされた場合は民事裁判が行われる。 世界各国共、同様のシステムが運用されている。海難事故は洋上で他国籍同志の船舶が関係する特殊性がしばしば発生するためである。 船舶交通の国際法である「海上衝突予防法」の第17条3項では 「保持船(注:この場合、漁船)は、避航船(注:この場合、イージス艦)と間近に接近したため当該避航船の動作のみでは避航船との衝突を避けることができないと認める場合は第1項の規定にかかわらず衝突を避けるための最善の協力動作をとらなければならない」 とされている。これに基づき海難審判では事故当事者の双方に過失割合を配分するのが通例となっている。 |
当事者ヒアリング |
第2直当直士官 --- 「4時4分頃から4時5分頃、(漁船の)方位が落ちる(自船の後方を通過する)と認識していた紅灯のうち2隻から3隻を右約70度に視認した。距離が近いと認識したが、方位が相変わらず落ちていたことから、衝突のおそれはないと判断した。」 |
シナリオ |
主シナリオ
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不注意、注意・用心不足、組織運営不良、管理不良、定常動作、不注意動作、破損、破壊・損傷、身体的被害、死亡
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情報源 |
http://www.mlit.go.jp/jmat/press/h20/210122yh.htm
http://www.mlit.go.jp/jmat/saiketsu/saiketsu_kako/21nen/ yokohama/yh2101/20yh029.htm
http://www.mod.go.jp/j/news/atago/shiryou/090522a.html
2008/2/19 日本経済新聞
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死者数 |
2 |
負傷者数 |
0 |
物的被害 |
イージス艦:艦首部に擦過傷 漁船:船体が二つに分断 |
マルチメディアファイル |
図2.事故発生場所
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図3.本来イージス艦が行うべき避航操船
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図4.衝突直前の艦橋からの見え方
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備考 |
事例ID:CZ0200902 |
分野 |
その他
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データ作成者 |
藤田 泰正 (リバーベル株式会社)
畑村 洋太郎 (工学院大学)
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