注:本記述は2007年以前の分析で得られた情報を元にしており, それ以降に判明した事実や新たな知見は反映されておりません.
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事例ID
CB0071008
事例名称
御巣鷹山の日航ジャンボ機の墜落
事例発生日付
1985-08-12
事例発生地
群馬県上野村御巣鷹山山頂付近
事例発生場所
日本航空123便B-747型機
事例概要
1985年8月12日、日本航空123便羽田発大阪行B-747型機が離陸12分後、高度7,200mに達した辺りで後部圧力隔壁の破壊とそれに伴って生じた垂直尾翼構造の破壊により姿勢制御が不能となり、およそ32分間の迷走飛行の後、群馬県上野村御巣鷹山に衝突し、乗員乗客524名のうち520名が死亡する航空機の単独事故としては世界最大規模のものとなった。
事象
事故の直接的原因は機体後部圧力隔壁の破壊であり(図2参照)、大量の高速の空気が流出し、圧力隔壁の後ろにあった集中油圧制御装置と補助エンジン(APU)を破壊し、さらに垂直尾翼のボックスビーム(尾翼に作用する曲げ・ねじり荷重を支える箱型重要構造)を破壊したために垂直尾翼構造のほとんどが失われ(油圧制御配管は4系統あるがそれを集中制御している油圧ユニットが破壊されたため)、舵面制御用の油圧も失われて制御不能に陥った結果、直ちに空中分解することはなかったものの、制御不能で着陸することができずに御巣鷹山に衝突した(図3参照)。 図4にイベントツリー図を、図5にフォールトツリー図を示す。
経過
原因
圧力隔壁が破壊した原因は、事故機が事故の7年前の1978年6月に大阪空港着陸の際、尾底部を滑走路にぶつけて中破したために(いわゆる尻餅(しりもち)事故)、機体を羽田空港整備場まで曳航して修理したときの修理ミスにあった。図6に修理されたリベットの継手の様子を示す。
対策
墜落原因の一つは垂直尾翼の破壊によって姿勢制御ができなくなったことにもよる。そのために、圧力隔壁が破損しても機内からの高速空気流によって垂直尾翼が破壊しないように、尾翼トーションボックス(ねじり荷重を支えるための4本の支柱と各面を構成する4枚のパネルからなる箱型構造)構造への空気の流れを遮断するための工夫(蓋の設置)が施された。
知識化
大修理後の健全性確認のために点検間隔を当分の間短くすること。また、力学の基本である力の伝達のメカニズムについての理解(基本教育)がなされていないと、このような事故や修理ミスはいくらでも生じ得る。
背景
大規模修理における健全性の原状回復のチェックとアフターケア(修理後の原状回復確認の実証には高頻度の検査が必要など)の体制が不十分であった。
後日談
日航ジャンボ機の後部圧力隔壁の急速不安定破壊は、複数のリベット孔縁から発生したマルチプルサイトき裂の進展と合体の結果である。後部圧力隔壁L18接続部におけるき裂の進展と合体の状況を図7に示す。
リベット継手の修理ミスだけでは、マルチプルサイトき裂の発生には至らない。修理の際に、古い隔壁板のリベット孔(直径3.9mm)をそのまま利用し、いくつかには加工きずとそれを起点とする疲労き裂が、すでに存在していたと考えられる(修理以前のフライト数6,536回)。修理後の1回のフライトごとに生ずる圧力変動により、上記のリベット孔のいくつかから疲労き裂が発生、進展し、互いに合体するか隣接するリベット孔(間隔18mm)を縫い、事故直前には修理以後のフライト数12,300回で疲労き裂が相当数のリベット孔を縫った状態にあった(修理ミス部分のリベット孔50個のうち30以上に疲労き裂が発生、疲労き裂長合計270mm以上)。疲労き裂であることは、破面の電子顕微鏡写真によって確認された。そして、事故当日の離陸直後、この疲労き裂を起点として、圧力の増大に伴い急速不安定破壊が生じ、隔壁は一気に破裂に至った。
破壊解析の結果を以下に述べる(図8)。
(a)リベット孔に欠陥がない:事故機の条件で疲労き裂は発生しない。
(b)リベット孔(1)にのみ欠陥:疲労き裂は容易に発生、進展するが、き裂進展は(c)のように健全な左右の隣接リベット孔(2)で阻止されてしまう。そもそも航空機構造にリベット接合が採用されるのは、このようなき裂進展の阻止効果の狙いが大きい。
(d)リベット孔(1)(2)の全てに欠陥:疲労き裂はすべての欠陥からほぼ同時に発生、進展し、(e)のようにリベット孔(1)(2)のほぼ中央で合体する。すなわち、隣接リベット孔はき裂進展を阻止せず加速させ、極めて短い疲労寿命(事故機のフライト数)で、疲労き裂が3つのリベット孔を縫った状態となる。これが数箇所で起これば、これらが静的な安定破壊で互いに合体しつつ進展し(応力拡大係数>破壊靭性)、最終的な急速不安定破壊に至る。
修理ミス部分のリベット孔の大半に欠陥が生ずるような事態が起きたのは前述したように、古い隔壁板のリベット孔をそのまま使用した結果だ。この事故の3年後、1988年、ハワイでアロハ航空旅客機が胴体天井吹き飛び事故を起こした。日航機事故と同様に複数欠陥起点の疲労破壊であり、単一欠陥起点のき裂進展を予測する損傷許容設計は、破綻をきたした。
同じ疲労が原因でも、コメット機の場合は就航直後のたび重なる事故で設計に問題があったのに対し、日航機の場合は修理に問題があった。
よもやま話
1989年、ユナイテッド航空で尾部第二エンジンのディスクが破壊して油圧制御が不能になる同様の事故が発生したが、機体に何が起こったか操縦要員が十分把握できず元の飛行場に引き返そうとした日航機の場合とは異なり、機体に起こった事象がほぼ正確に操縦要員に把握されたことにより直近の空港に緊急着陸を試み60%以上の搭乗者が生還した。操縦者が自らの機体に何が生じたのか正確に知った上で対処すれば、最悪の事態は免れる可能性がある。日航機では貨物室ドアの破壊と誤認し、帰投できると考えた。他機の支援を受けて確認する機会はあったのである。ユナイテッド航空の場合は、エンジン破壊を理解し、直近空港に緊急着陸を試みて成功した。
情報源
(1) 航空事故調査委員会報告書62-2、日本航空株式会社所属ボーイング式747SR-100型JA8119、群馬県多野郡上野村山中、昭和60年8月12日、運輸省航空事故調査委員会、昭和62年6月19日
(2) 小林英男、荒居善雄、中村春夫、材料、36、1084(1987)
(3) 小林英男、安全工学、26、338(1987)
死者数
520
負傷者数
4
社会への影響
世界で最も多く利用されているジャンボ機の事故で、123便に固有の原因か全機に共通の原因かに世界の関心が集まった。また、大勢の乗客を巻き込んだ悲惨な事故として語り継がれている。日本最大のエアラインの信用が失墜し、エアラインの信用と海外旅行客数の回復までに長期間を要した。
分野
材料
データ作成者1
寺田 博之 ((財)航空宇宙技術振興財団)
データ作成者2
小林英男 (東京工業大学)
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事例ID
CB0071008
事例名称
御巣鷹山の日航ジャンボ機の墜落
事例発生日付
1985-08-12
事例発生地
群馬県上野村御巣鷹山山頂付近
事例発生場所
日本航空123便B-747型機
事例概要
1985年8月12日、日本航空123便羽田発大阪行B-747型機が離陸12分後、高度7,200mに達した辺りで後部圧力隔壁の破壊とそれに伴って生じた垂直尾翼構造の破壊により姿勢制御が不能となり、およそ32分間の迷走飛行の後、群馬県上野村御巣鷹山に衝突し、乗員乗客524名のうち520名が死亡する航空機の単独事故としては世界最大規模のものとなった。
事象
事故の直接的原因は機体後部圧力隔壁の破壊であり(図2参照)、大量の高速の空気が流出し、圧力隔壁の後ろにあった集中油圧制御装置と補助エンジン(APU)を破壊し、さらに垂直尾翼のボックスビーム(尾翼に作用する曲げ・ねじり荷重を支える箱型重要構造)を破壊したために垂直尾翼構造のほとんどが失われ(油圧制御配管は4系統あるがそれを集中制御している油圧ユニットが破壊されたため)、舵面制御用の油圧も失われて制御不能に陥った結果、直ちに空中分解することはなかったものの、制御不能で着陸することができずに御巣鷹山に衝突した(図3参照)。 図4にイベントツリー図を、図5にフォールトツリー図を示す。
![]() 図2(クリックで拡大) |
![]() 図3(クリックで拡大) |
![]() 図4(クリックで拡大) |
![]() 図5(クリックで拡大) |
経過
原因
圧力隔壁が破壊した原因は、事故機が事故の7年前の1978年6月に大阪空港着陸の際、尾底部を滑走路にぶつけて中破したために(いわゆる尻餅(しりもち)事故)、機体を羽田空港整備場まで曳航して修理したときの修理ミスにあった。図6に修理されたリベットの継手の様子を示す。
対策
墜落原因の一つは垂直尾翼の破壊によって姿勢制御ができなくなったことにもよる。そのために、圧力隔壁が破損しても機内からの高速空気流によって垂直尾翼が破壊しないように、尾翼トーションボックス(ねじり荷重を支えるための4本の支柱と各面を構成する4枚のパネルからなる箱型構造)構造への空気の流れを遮断するための工夫(蓋の設置)が施された。
知識化
大修理後の健全性確認のために点検間隔を当分の間短くすること。また、力学の基本である力の伝達のメカニズムについての理解(基本教育)がなされていないと、このような事故や修理ミスはいくらでも生じ得る。
背景
大規模修理における健全性の原状回復のチェックとアフターケア(修理後の原状回復確認の実証には高頻度の検査が必要など)の体制が不十分であった。
後日談
日航ジャンボ機の後部圧力隔壁の急速不安定破壊は、複数のリベット孔縁から発生したマルチプルサイトき裂の進展と合体の結果である。後部圧力隔壁L18接続部におけるき裂の進展と合体の状況を図7に示す。
リベット継手の修理ミスだけでは、マルチプルサイトき裂の発生には至らない。修理の際に、古い隔壁板のリベット孔(直径3.9mm)をそのまま利用し、いくつかには加工きずとそれを起点とする疲労き裂が、すでに存在していたと考えられる(修理以前のフライト数6,536回)。修理後の1回のフライトごとに生ずる圧力変動により、上記のリベット孔のいくつかから疲労き裂が発生、進展し、互いに合体するか隣接するリベット孔(間隔18mm)を縫い、事故直前には修理以後のフライト数12,300回で疲労き裂が相当数のリベット孔を縫った状態にあった(修理ミス部分のリベット孔50個のうち30以上に疲労き裂が発生、疲労き裂長合計270mm以上)。疲労き裂であることは、破面の電子顕微鏡写真によって確認された。そして、事故当日の離陸直後、この疲労き裂を起点として、圧力の増大に伴い急速不安定破壊が生じ、隔壁は一気に破裂に至った。
破壊解析の結果を以下に述べる(図8)。
(a)リベット孔に欠陥がない:事故機の条件で疲労き裂は発生しない。
(b)リベット孔(1)にのみ欠陥:疲労き裂は容易に発生、進展するが、き裂進展は(c)のように健全な左右の隣接リベット孔(2)で阻止されてしまう。そもそも航空機構造にリベット接合が採用されるのは、このようなき裂進展の阻止効果の狙いが大きい。
(d)リベット孔(1)(2)の全てに欠陥:疲労き裂はすべての欠陥からほぼ同時に発生、進展し、(e)のようにリベット孔(1)(2)のほぼ中央で合体する。すなわち、隣接リベット孔はき裂進展を阻止せず加速させ、極めて短い疲労寿命(事故機のフライト数)で、疲労き裂が3つのリベット孔を縫った状態となる。これが数箇所で起これば、これらが静的な安定破壊で互いに合体しつつ進展し(応力拡大係数>破壊靭性)、最終的な急速不安定破壊に至る。
修理ミス部分のリベット孔の大半に欠陥が生ずるような事態が起きたのは前述したように、古い隔壁板のリベット孔をそのまま使用した結果だ。この事故の3年後、1988年、ハワイでアロハ航空旅客機が胴体天井吹き飛び事故を起こした。日航機事故と同様に複数欠陥起点の疲労破壊であり、単一欠陥起点のき裂進展を予測する損傷許容設計は、破綻をきたした。
同じ疲労が原因でも、コメット機の場合は就航直後のたび重なる事故で設計に問題があったのに対し、日航機の場合は修理に問題があった。
![]() 図7(クリック拡大) |
![]() 図8(クリック拡大) |
よもやま話
1989年、ユナイテッド航空で尾部第二エンジンのディスクが破壊して油圧制御が不能になる同様の事故が発生したが、機体に何が起こったか操縦要員が十分把握できず元の飛行場に引き返そうとした日航機の場合とは異なり、機体に起こった事象がほぼ正確に操縦要員に把握されたことにより直近の空港に緊急着陸を試み60%以上の搭乗者が生還した。操縦者が自らの機体に何が生じたのか正確に知った上で対処すれば、最悪の事態は免れる可能性がある。日航機では貨物室ドアの破壊と誤認し、帰投できると考えた。他機の支援を受けて確認する機会はあったのである。ユナイテッド航空の場合は、エンジン破壊を理解し、直近空港に緊急着陸を試みて成功した。
情報源
(1) 航空事故調査委員会報告書62-2、日本航空株式会社所属ボーイング式747SR-100型JA8119、群馬県多野郡上野村山中、昭和60年8月12日、運輸省航空事故調査委員会、昭和62年6月19日
(2) 小林英男、荒居善雄、中村春夫、材料、36、1084(1987)
(3) 小林英男、安全工学、26、338(1987)
死者数
520
負傷者数
4
社会への影響
世界で最も多く利用されているジャンボ機の事故で、123便に固有の原因か全機に共通の原因かに世界の関心が集まった。また、大勢の乗客を巻き込んだ悲惨な事故として語り継がれている。日本最大のエアラインの信用が失墜し、エアラインの信用と海外旅行客数の回復までに長期間を要した。
分野
材料
データ作成者1
寺田 博之 ((財)航空宇宙技術振興財団)
データ作成者2
小林英男 (東京工業大学)







