失敗事例

事例名称 高層アパートのガス爆発による連鎖崩壊
代表図
事例発生日付 1968年05月16日
事例発生地 イギリス 東ロンドン
事例発生場所 ローナンポイントの高層アパート
事例概要 ローナンポイントの24階建て集合マンションで、18階の部屋がガス爆発を起こしたところ、一瞬のうちに建物の一角が上(東南の角は22階)から下まで完全に破壊された。この事故で3人が死亡、11人が負傷した。直接の原因はガス爆発であるが、連鎖的に崩壊したのは、「プレハブ工法」による新しい建築方法が原因であった。
事象 ローナンポイントの24階建て集合マンションで、18階の部屋がガス爆発を起こしたところ、建物の一角が上(東南の角は22階)から下まで完全に破壊された。この事故で3人が死亡、11人が負傷した。
写真1は一瞬にして崩壊した集合マンションである。
経過 1960年代前半、ヨーロッパで高層アパートビル建築の最も新しい工法として、工場で壁、床、階段などを製作し1階分のユニットとして組み立てられたのち、建設現場に持ち込み現場での建設作業時間を最小とするいわゆる「プレハブ工法」が考案された。1968年までにこの工法で約3,000のアパートが作られた。東ロンドンのローナンポイントの24階建て集合マンションはその1つであった。
1968年5月16日の早朝、ローナンポイントの集合マンションの南東角部22階建ての18階の部屋でガス爆発が起こった。18階の部屋の角の壁が吹き飛ぶとともに、上部の階が崩壊し、次々に下の階へと崩壊が連鎖反応していった。写真1のように、建物の一角が上から下まで完全に破壊された。
この事故で3人が死亡、11人が負傷した。
原因 ガス爆発で荷重を支える壁が損なわれ上部階の支えが不十分となり、上部階が崩れ落ちた。その衝撃で下の階も連鎖反応でつぎつぎに破壊した。壁1つが吹き飛ばされると、上の壁を支えるものが何もなくなってしまうという冗長性のない設計ミスであった。
事故後の調査結果では、直接の原因である住宅におけるガス爆発について、その頻度は予想以上に多かった、としている。
また、構造上の欠陥を調査する公聴会の公式報告書では、包括的な建築基準の1つを引用して「トランプを積上げた家」のようにならないように、構造の様々なコンポーネントを効果的に結合することが絶対に必要と、警告しているが、当時の建築基準はこのプレハブ構造を特に考慮していなかった。
対処 事故原因を調査して、直接原因のガス爆発を特定したが、住宅におけるガス爆発の頻度が予想以上に多いこと、ガス工事業者が正式訓練や登録されていないこと。などから類似の建物に料理用や暖房用のガスの撤去やガスボンベを禁止した。
対策 このガス爆発事故によるプレハブ高層アパートの崩壊が起こったことから、その後、高層住宅はほとんど建てられなくなった。1970年代後半には大ロンドン行政庁(GLC)が、「高層化、工業化、地区の全面除却による再開発などは、戦後の住宅政策の誤った判断だった」と自己批判している。
この事故を機にイギリスでは建築基準を改定し、ガス爆発などの特殊荷重と連鎖的な崩壊を抑制するための構造の余裕度に関する規定が追加された。
また、当時この様式で作られた建物が600ほどあったので、当初、補強で対処しようとした。ところが事故があった集合住宅の解体の過程で、壁と床のパネルの接合部にモルタルが充填されていない悪質な手抜きが発見された、これでは安全性に疑問があるとのことで、類似の建物は全部解体することになった。最後の建物を取り壊したのは、事故から実に20年後のことであった。
知識化 新しい設計には、悪魔が存在する可能性がある。新しい設計では、どうしてもメリットのみを考え勝ちになる。悪くなる点は無いかを徹底的にチェックする必要がある。
失敗が起こるまで、致命的なものと気づかない間違った概念から、設計ミスが起こる可能性がある。これを事前に回避するためには、シミュレーション、模型実験などできるだけ実際の情況を想定できる形での確認が不可欠である。
背景 18世紀に世界に先駆けて産業革命が起こったイギリスでは、19世紀には産業都市への人口集中が始まり、当時の労働者の悲惨な居住環境が大きな社会問題となった。こうした中、イギリスでは1850年代ごろから慈善団体による労働者向けのモデル住宅建設の試みが始まった。この住宅建設の中に、現在のアパート形式によく似たフラットと呼ばれる住宅タイプが作られていた。また、スラムと呼ばれる劣悪な住宅が密集する地区を一掃して、複数の住棟からなる住宅団地を建設することも行われた。
そして1890年代にはロンドンなどで、労働者階級のための公営住宅建設が始まり、営利的な住宅供給に対抗する社会的な住宅供給管理の先鞭をつけた。
第2次世界大戦で戦勝国となったイギリスは、戦後早い時期よりニュータウン開発を含む住宅団地の開発に取り込むことができた。1960年代になると、都市の既成市街地の再開発が政策的に優先されるようになり、環境の悪い住宅地区や工場跡などを取り壊して、そこに高層の住宅団地を建設することが主流になっていた。もともと高層住宅は居住者に評判が良くなかったが、伝統的な建築方法に比べ、この画期的なプレハブ工法は建設費が削減可能であることから、積極的に建てられていた。
よもやま話 当時システムビルと呼ばれたプレハブ構造は、悪いできばえとお金がかかりかつ納期遅れとなる現場施工での建設に対する見事な代替案であったし、工場生産によって個々のコンポーネントがよりよい品質管理ができるという利点もあった。
しかしガス爆発という予想していない事象によって、見事にそのメリットは打ち消された。設計概念の根本的ミスが露呈してしまった。
おまけに工事の手抜きという現在でも散見される要因も本事故には存在した。
シナリオ
主シナリオ 未知、未知の事象発生、使用、運転・使用、破損、大規模破損、身体的被害、死亡
情報源 畑村洋太郎編:失敗に学ぶものづくり 講談社
ヘンリー・ペトロスキー著、中島秀人・綾野博之訳:橋はなぜ落ちたか 朝日選書
Geneva Association Information Newsletter
http://www.wendy-net.com/nw/news&view/danchi5.html
コラム団地再生を考える、佐藤健正市浦都市開発建築コンサルタンツ代表取締役http://www.wendy-net.com/nw/news&view/danchi5.html
死者数 3
負傷者数 11
マルチメディアファイル 写真1.連鎖反応で22階分が一瞬のうちに崩壊
備考 新プレハブ工法で高層アパートの連鎖崩壊
分野 機械
データ作成者 張田吉昭 (有限会社フローネット)
中尾政之 (東京大学工学部附属総合試験所総合研究プロジェクト・連携工学プロジェクト)