事例名称 |
ブタジエン精留塔の定期修理工事準備中の塔内爆発・火災
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代表図 |
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事例発生日付 |
1988年10月10日 |
事例発生地 |
神奈川県 川崎市 |
事例発生場所 |
化学工場 |
事例概要 |
1.ブタジエン装置の蒸留塔で定期修理工事で開放点検するための準備作業として、窒素パージ、スチーミング、空気置換を順次行っていた。空気置換中に、塔内で3回の小爆発を起こし、塔内火災になった。同塔はブタジェン濃度が高く、運転期間中にポリマーを発生し塔内のトレイなどに付着した。置換中の空気とポリマーが酸化反応を起こし、蓄熱して高温状態になった。残存したモノマーまたはポリマーが分解してできたモノマーが置換用空気と可燃性混合気を局所的につくり、高温状態のポリマーにより着火し小爆発を3回起こした。 2.次の定期修理工事への対策は、窒素パージ後に実施していたスチーミングと空気置換を止め、注水してポリマーが発火しないようにすることにした。 |
事象 |
エチレン製造装置から副生するC4留分からブタジエンを抽出精製する装置の精製部門の第2精留塔で、装置の開放点検に備えて塔内部の炭化水素をスチーミング後、窒素に置換した。さらに作業者が塔内に入るために、窒素を空気に置換する作業を行っているときに、塔内で小爆発が起こった。 |
プロセス |
製造 |
単位工程 |
設備保全 |
単位工程フロー |
図2.精留塔まわりフローシート図
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図3.単位工程フロー
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物質 |
1,3-ブタジエン(butadiene)、図4 |
事故の種類 |
爆発・火災 |
経過 |
定期修理工事のため装置を停止し、系内の炭化水素ガスの窒素置換と液の抜き出しを行った。 1988年10月7日15:00 第2精留塔洗浄のため、関連配管の仕切り板挿入を開始した。 17:00 スチーミングで同塔の洗浄を開始した。 8日09:00 スチーミングを終了し、窒素ガスによる置換と冷却を開始した。 9日11:00 窒素ガスによる冷却を終了し、同塔のマンホールの開放を開始した。 18:00 同塔に空気を導入し、空気置換を開始した。 10日01:15、01:45 2回にわたり爆発音が聞こえた。 運転員は装置の点検を行ったが、異常は発見できなかった。 02:05 爆発音(3回目)が聞こえた。 爆発音感知後、交替番の責任者が現場点検中、第2精留塔上部マンホールから煙が出ているのを発見。直ちに同塔に吹き込んでいた空気を窒素に切り替えるとともに、同塔の冷却散水装置を起動させた。 |
原因 |
高濃度のブタジエンはしばしばポリマーを生成し蓄積する。発災した蒸留塔にもポリマーが蓄積していた。定期修理工事時の塔内のスチーミングでポリマー内部から発散するガスが完全に抜けきれなかった。次に、マンホールを開放したために流入した空気によりポリマーが酸化発熱反応を起こし、蓄熱した。さらに、この発熱でポリマーの熱分解が起こり、可燃性ガスが発生した。このため、塔内に可燃性混合気が形成され、この混合気に酸化発熱反応により蓄熱したポリマーの高温が着火源となって爆発したものと推定された。 |
対処 |
1.従業員は火災発見後、直ちに蒸留塔に吹き込んでいた空気を窒素ガスに切り替えるととともに、塔の冷却散水装置を起動した。 2.公設消防隊14台、自衛消防隊2台、共同防災3台の消防車が出動し、その内公設4台、自衛2台、共同1台が消火栓および貯水槽から放水し、防御活動を実施した。 消火の際に塔内を水で十分に濡らしたので、その状態で開放点検を行なうことができた。 |
対策 |
1.定期修理工事時に開放点検を行う場合のパージ法を旧に戻した。窒素ガスの置換後のエアパージを中止した。ポリマー付着が考えられる機器は注水し、ポリマーが発火しないようにする。 2.ポリマー清掃作業は、ポリマーが十分水を含んだ状態であることを確認し、清掃作業の進行に合わせて徐々に水を抜きながら行う。 3.ポリマーの発生をできるだけ抑制する。ポリマー発生の引き金となる酸素をスタート時にできるだけ除去する。そのため従来から行われていた亜硝酸ソーダとジエチルヒドロキシルアミンによる洗浄を徹底し、酸化防止剤のTBC(ターシャリーブチルカテコール)の添加を強化する。 |
知識化 |
1.蒸留塔のように内部に構造物がある容器で、そこに固体状の物質が付着すると、容器内のガスや液体を他のガスや液体を流すことによって完全に置換する(through purge)ことは難しい。付着物が抵抗となって、パージするものの流れがその部分を避けて通る。これは多管式熱交換器でチューブ内の付着物質により、付着したチューブのパージが不十分になったり、冷却水側の汚れが進行するのと同じである。 2.したがって、ポリマーの付着が考えられる系では、開放時のパージは事前に十分に検討する必要がある。 3.ポリマーの生成が考えれる系では運転中におけるポリマーの生成を可能な限り抑制する必要がある。スタート時に装置内に微量に残る酸素や水分がイニシエーターになり、ポリマーを発生させることがある。プロセスによっては脱酸素剤などを用いることの検討も必要であろう。 4.酸素と水はどこにでも存在する。ごく微量の酸素や水が危険な状態を引き起こすことがあるので、十分に注意する必要がある。 |
背景 |
1.ブタジエンポリマーの危険性の過小評価が最大の要因と考える。発災部分にはブタジエンポリマーが存在することは、関係者が知っておくべき事象である。同時にブタジエンポリマーが空気酸化しやすく、発熱することも関係者は十分に知っておくべき事象である。また、ポリマーの存在により、パージや冷却用ガスの流れが乱れ、部分的にパージガスなどが通らない、いわゆるチャンネリング現象を起こしやすい。そのため、空気置換前に十分に温度が下がりきらない部分があったと推定できる。このため、蒸留塔内のブタジエンポリマーが酸化発熱をおこした。発熱で生成した分解ガス、ポリマー内部に閉じ込められたモノマー(ガス)、あるいはパージ時のチャンネリングにより残ったブタジエンガスなどが、導入された空気と可燃性混合気を形成し、着火・爆発したものと推定される。なお、発火箇所は共役二重結合をもつブタジエンの濃度が高く、当然ポリマーの生成が生じやすい。 2.3回目の定期修理工事であり、装置の停止期間と作業量を減らそうとして、パージ方法を変更した。そのときの検討不十分、知識不足がもたらした失敗であろう。 近接する他社工場の事故例もあり、関連するプロセスの危険性について十分調べておく必要がある。 |
よもやま話 |
☆ 1979年9月1日に近接する事業所で同様の事故があった。残念ながらこの事故の教訓が生かされていない。企業の壁を越えた事故情報の水平展開について検討する必要がある。 ☆ ブタジエン濃度が高いところでは、ポップコーンポリマーとかダイヤモンドポリマーとか呼ばれるポリマーが発生しやすい。プロセスのライセンサーも運転会社もこの事実を熟知していた。その中で起こった事故なので、新たなポリマー生成条件があったのかも知れない。 |
データベース登録の 動機 |
ブタジエンポリマーの酸化発熱の危険性の例 |
シナリオ |
主シナリオ
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調査・検討の不足、仮想演習不足、想像力不足、価値観不良、安全意識不良、リスク認識不良、計画・設計、計画不良、パージ計画不良、非定常行為、変更、作業内容変更、不良現象、化学現象、異常反応、二次災害、損壊、爆発
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情報源 |
高圧ガス保安協会、石油精製及び石油化学装置事故事例集(1995)、p.123-124
川崎市消防局予防部保安課、川崎市コンビナート安全対策委員会資料(1988)
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物的被害 |
精留塔内のトレイの38段目まで変形あるいは脱落、特に30段目までは変形大。塔上部のマンホール付近や2段目マンホール付近で多量(ドラム缶約2.5本分)のポリマー焼損。 |
被害金額 |
約200万円(石油精製及び石油化学装置事故事例集) |
マルチメディアファイル |
図4.化学式
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備考 |
WLP関連教材 ・化学プラントユニットプロセスの安全/移送 ・プラント機器と安全-概論/プラント機器と安全概論 |
分野 |
化学物質・プラント
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データ作成者 |
小林 光夫 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻、オフィスK)
田村 昌三 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻)
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