事例名称 |
アルキルベンゼン製造装置の脱水素反応器における触媒交換時の水素ガスの漏洩、出火 |
代表図 |
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事例発生日付 |
1994年04月14日 |
事例発生地 |
神奈川県 川崎市 |
事例発生場所 |
化学工場 |
事例概要 |
運転時は水素雰囲気下で行われる脱水素反応器の触媒交換を、反応器とその周辺部との縁切りを遠隔操作弁一つで行った。周辺部の水素ガス圧力を20KPaGとし、反応器を大気開放して実施した。作業中はバルブのある程度の漏れを想定し真空装置で反応器側の配管から吸引し、さらに窒素シールを試みながら実施した。触媒交換終了後の配管復旧工事で、反応器上部配管を取り付け中に仮締めしたフランジの隙間より、水素主体のガスの燃焼火炎が瞬間的に噴出し、作業員2人が火傷を負った。 |
事象 |
リニアアルキルベンゼン製造装置(LAB装置)の、ノルマルパラフィンを脱水素してノルマルオレフィンを得る反応器で、触媒交換を実施した。交換後の配管復旧のため、反応器にエルボー付のトップフランジを取り付け、反応器と付帯配管の空気を窒素で置き換える操作(窒素パージ)を開始した。入り口側配管フランジ部のボルトの仮締め中、配管内に洩れていた水素ガスが静電気または衝撃火花で着火、水素炎がフランジの隙間から漏れ、直近で作業していた配管工の着衣に着火し、配管工2名が火傷を負った。図2参照 |
プロセス |
製造 |
単位工程 |
設備保全 |
単位工程フロー |
図3.単位工程フロー
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物質 |
水素(hydrogen)、図4 |
事故の種類 |
漏洩、火災 |
経過 |
1994年4月12日05:30 触媒交換のためLAB装置を停止した。 13:10 脱水素反応器の出入口にある空気駆動の遠隔操作弁を閉止した。 反応器の上下流は20KPaGの水素主体のガスで保持されている。 4月13日 脱水素反応器を40KPaGの窒素ガスのシール状態で放置した。 4月14日09:00 脱水素反応器を脱圧し、トップカバー(入口側)を外し、入口側上流部配管にブラインドフランジ(配管の末端に取付ける仕切り板)を取り付け、エジェクターにて吸引を開始した。 11:00 触媒抜出しを開始した。 14:00 触媒抜出しを終了した。 16:00 新触媒充填を完了した。 16:10 ブラインドフランジを取り外した。 16:30 脱水素反応器のトップカバーを取付け反応器内の空気の窒素置換(窒素パージ)を開始した。 16:40 脱水素反応器のトップカバーと上流側配管をフランジ接続部(ブラインドフランジのあったところ)のボルトを仮締め中、発災した。 |
原因 |
脱水素反応器の出入口の系は、圧力低下による空気の混入を防ぐため、運転中の主なガスである水素主体のガスで20KPaGに保持されていた。この水素加圧部分と触媒交換のため大気開放する部分との縁切は反応器の出入口に一つずつある遠隔操作弁閉とした。漏れがある場合に備え、遠隔操作弁の大気側(反応器側)からスチームエジェクターで、吸引していた。(図2参照) 触媒交換終了後、反応器トップフランジ付の上部配管を取付ける作業の最終段階で、ブラインドフランジを取り外し、そこに上部配管を接続しようとしていた。 1.ブラインドフランジを取付けてあった配管には、水素が洩れた場合に備えてスチームエジェクターによる吸引配管が取付けられてあるので、仮締めをしたフランジ部から空気が配管内に吸引され、遠隔操作弁から洩れた水素とが可燃性混合気を作った。これに遠隔操作弁 の隙間から漏れたガスと配管内壁に付着していたコークス状の固形物質から発生した静電気の放電火花により、着火したものと推定される。 2.配管接続時は水素の漏れを想定し窒素ガスを注入してシールする計画であったが、図2に示されるように、窒素注入部の位置が悪く注入した窒素が優先的に吸引されて、窒素シールには全く役に立っていなかった。 |
対処 |
被災者を救急車で搬送した。水素の噴出しと火は瞬間に、自動的に消えた。 |
対策 |
触媒交換時の安全対策は、全ての水素をパージし窒素に置換する、発災以前の方法に戻した。 |
知識化 |
1.正の目的を持った変更、この場合は生産量の増加と作業量の減少であるが、これを行う場合、変更に伴う負の要素が見落とされて暴走気味になりかねない。 2.これもまた変更はトラブルをもたらすことがあるの例であろう。作業変更時には徹底的に負の要素をシュミレートする必要がある。 3.バルブは流れを止めるものであるが、洩れるものとして考える必要がある。 固形物の噛み込みや汚れなどで、洩れることはしばしばある。 |
背景 |
1.表面的にはバルブの漏れと窒素シールするための窒素の注入口の位置が悪かったことが原因である。とは言え、バルブは洩れることを前提として、作業計画を立てるのが原則である。今回のような場合では反応器出入口部分から可燃性の液体や気体を追い出しておくのが原則である。ましてや、今回のように非常に洩れやすい水素主体のガスを考えたら、バルブしかも20インチの大きなゲートバルブ一つで縁を切るという発想そのものが、事故の真因であろう。洩れ量の想定がはっきり出せないのだから、スチームエジェクターで吸引するとか、少量の窒素でシールするとかの瑣末な手段で対応すべきではない。 2.この反応器の触媒交換は1運転期間およそ55日で行われている。そのため工事期間を短くするため、簡便な方法として、水素が低圧で存在する部分と大気開放部を遠隔操作弁一つで仕切る方法が提案され、承認された。企業の上部が指示して行わせたのではないが、やはり生産量増加のため、全くの検討不十分で作業方法を変更したことが真因であろう。検討不十分というより、20インチバルブの内洩れ量の想定は可能か、それに対応する吸引能力はどこまで持たねばならないか、配管接続時には窒素シールするが、そのシール用ガスの流量と注入位置の全体の中の位置関係で十分な窒素シール状態が確保できるか、と言った基本的事項の検討がなされていない。 3.増産を行うために安全面の検討が通り一遍で終わらせた拙速性と技術レベルの低さが真因と思われる。 |
よもやま話 |
水素炎は瞬間的に発生し、消火用具を使用せずに装置に何の被害もなく鎮火した。この火を受けた作業員の着衣は着火し、作業員は火傷を負った。特別の被害がなく自動的に鎮火したが火事とは認定されないで、作業員の着衣が燃えたことが火事として認定された。幸いに、作業員が水素炎を飲み込まなかったので、肺に火傷を負うことがなかったことで軽傷ですんだ。 |
データベース登録の 動機 |
装置の運転変更に当たり十分な検討がなされずに行われ、事故につながった例、特にバルブは洩れる前提で考えねばならないことを示す例 |
シナリオ |
主シナリオ
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価値観不良、安全意識不良、リスク認識不良、調査・検討の不足、仮想演習不足、想像力不足、組織運営不良、管理不良、管理の緩み、計画・設計、計画不良、工事計画不良、不良現象、機械現象、バルブ内漏れ、二次災害、損壊、火災、身体的被害、負傷、2名火傷
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情報源 |
高圧ガス保安協会、高圧ガス保安総覧(1996)、p.260-261
川崎市消防局予防部保安課、川崎市コンビナート安全対策委員会資料(1994)
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負傷者数 |
2 |
被害金額 |
1000円(2名の衣類)(川崎市コンビナート安全対策委員会資料) |
マルチメディアファイル |
図2.減圧吸引図
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図4.化学式
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図5.化学反応式
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分野 |
化学物質・プラント
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データ作成者 |
小林 光夫 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻、オフィスK)
田村 昌三 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻)
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