失敗事例

事例名称 ピペラジンの遠心分離機により分離された固体中に残存するキシレンによる火災
代表図
事例発生日付 1998年05月22日
事例発生地 神奈川県 川崎市
事例発生場所 化学工場
事例概要 ピペラジンの合成後の遠心分離工程のピペラジン結晶抜き出し作業中に火傷事故が起こった。作業員が排気バルブおよびハンドホールの蓋を閉め忘れたことにより空気が流入し、キシレンの可燃性混合気(燃焼範囲1~7%)が形成された。さらに結晶の受けドラム内に2枚のポリエチレンシートを敷きドラム本体と絶縁させたにもかかわらず、静電気除去の方策を取らなかったため、分離工程において発生した静電気の放電により引火した。
事象 遠心分離機からの抜き出し作業中に火傷事故が起こった。作業員3名がピペラジン晶出液(キシレン、ピペラジン混合液)を、遠心分離機で固液分離し、さらに、分離したピペラジンの結晶をを下部に設置された容器にに抜き出す作業をしていた。容器は鋼製ドラム缶の内側にポリエチレン製の袋(厚さ0.1mm)を2枚重ねたものであった。その抜き出し作業中に、静電気火花によりピペラジンに同伴している、キシレン蒸気に引火し、火災となり、その際、作業員2名が顔面を炎であぶられ、火傷した。図2参照
プロセス 製造
単位工程 分離
単位工程フロー 図3.単位工程フロー
物質 キシレン(xylene)、図4
ピペラジン(piperazine)、図5
事故の種類 火災
経過 1998年5月22日08:05 B作業員が現場の操作盤で掻き取りのスイッチを入れる。掻り取り歯の作動状態をハンドホールの蓋を開けて確認する(この時点でハンドホールの蓋を閉め忘れる)。
08:10 A作業員が1本目の容器が一杯になったため、掻き取りスイッチを切り、容器を入れ替えて再び掻き取りスイッチを入れる(この時点でも抜き取り容器及びローラーへの接地を忘れる)。取り出したドラムは作業員1名が検量と窒素シール(品質管理上から空気を遮断するため)を行うため、乾燥設備の横まで運び出す。
08:15 A作業員とB作業員の2名が遠心分離機の抜き出し口の前に立ち、結晶の落ち具合を見ていた時、突然ドラム付近で発火し、瞬時に炎であぶられる。A作業員は直ちに工場内の流し場で顔面を冷却し、B作業員はA作業員の怪我の状態を確認後、消火器を使用して消火を行う(火災は直ちに消えた)。
 遠心分離機を停止するとともに計器室内の制御盤電源を切る。
08:18 庶務課にアミン工場で火災があり作業員が顔に怪我をしたと連絡した。
 庶務課は119番通報した。
原因 ピペラジン結晶の抜き出し作業中、作業員が排気バルブを閉め忘れたことと、ハンドホールの蓋を閉め忘れたことにより、窒素ガスによるシール効果がほとんどなくなっていた。遠心分離機内及び結晶の抜き出し口付近で、ピペラジン結晶に約5%残存しているキシレンの可燃性混合気(燃焼範囲1~7%)が形成された。さらに分離工程において発生した静電気がピペラジン結晶に帯電し、絶縁状態であった抜き出し容器(鋼製ドラムの内側にポリエチレン製袋を2枚重ねたもの)内で蓄積し、ポリエチレン製内袋を介した鋼製ドラム缶との放電、あるいは、遠心分離機本体内部での放電によりキシレンの最小着火エネルギー(1.2mJ)に達し、引火したものと推定される。
対処 1.消火器を使用して消火を行った。
2.遠心分離機を停止するとともに計器室内の制御盤電源を切った。
対策 1.抜き出し容器の改善(図6)
2.アースの改善
3.静電気の帯電の制御と除去
4.窒素による空気の遮断(抜き出し容器内の酸素濃度を13~15%程度とし燃焼下限界以下とする)
5.ハンドホール開時の抜き出し作業の禁止
6.防護面の着用
7.アースの機能チェック
8.マニュアルの見直しと教育の実施
知識化 この作業は、可燃性混合気の形成および静電気火花発生の可能性の高い危険な作業であった。この点を十分認識した厳重な安全管理が必要であった。
背景 遠心分離では液が完全に分離されることはなく、必ず分離された固体中に溶剤分が存在する。扱いを一つ間違えれば、キシレン蒸気が発生し可燃性混合気を作る事実をどこまで知って対処していたのかが問題であろう。具体的には以下に示すように作業員の操作ミスか、不十分な教育のいずれかが基本要因と考えられる。
1.ポリエチレンシートの使用により絶縁状態になっているにも拘わらず、アースを取っていなかったこと。
2.作業員が排気バルブを閉め忘れたこと。
3.ハンドホールの蓋を閉め忘れたことにより、空気が流入し、窒素ガスによるシール効果がほとんどなくなり、可燃性混合気を形成することに思い至らなかったこと。
よもやま話 ☆ 静電気に係わる事故例は多い。思いもかけないところでも静電気が発生していることを忘れてはならない。
☆ 対策欄を見ると、本当に基本的なことだけで特段のことはない。このことは経営者や幹部が安全対策についてこの程度のことしか考えてなかったのかと問いたい感じがする。
データベース登録の
動機
窒素ガスシール作動不適切による火災事故例
シナリオ
主シナリオ 組織運営不良、管理不良、管理の緩み、不注意、理解不足、リスク認識不足、価値観不良、安全意識不良、リスク認識不良、不良行為、規則違反、安全規則違反、計画・設計、計画不良、設計不良、定常動作、不注意動作、アースをとらない、二次災害、損壊、爆発、身体的被害、負傷、2名火傷
情報源 消防庁、危険物に係る事故事例-平成10年(1999)、p.25、300-301
高圧ガス保安協会、高圧ガス保安総覧(2000)、p.151
板倉文男、危険物事故事例セミナー(1999)、p.21-36
川崎市消防局予防部保安課、川崎市コンビナート安全対策委員会資料(1998)
負傷者数 2
物的被害 ステンレス製網付ポリプロピレン濾布.遠心分離器内部の濾布及びドラム缶内袋(ポリエチレン製)若干焼損.
被害金額 9万円(危険物に係る事故事例)(川崎市コンビナート安全対策委員会資料)
マルチメディアファイル 図2.復元図
図4.化学式
図5.化学式
図6.改善状況図
備考 WLP関連教材
・化学プラントユニットプロセスの安全/ろ過・遠心分離
分野 化学物質・プラント
データ作成者 土橋 律 (東京大学大学院 工学系研究科 化学システム工学専攻)
田村 昌三 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻)