事例名称 |
界面活性剤製造装置のメタノール精留塔の過酸化メタノールの蓄積による爆発・火災 |
代表図 |
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事例発生日付 |
1991年06月26日 |
事例発生地 |
千葉県 市原市 |
事例発生場所 |
化学工場 |
事例概要 |
自社技術開発の新規プロセスである。漂白後の中和工程でのpH制御のためのpH計が故障したが、そのまま運転が継続された。そのため、中和が十分に行われず酸性側であったため、上流での過酸化物の分解が十分に行われないまま、下流の精留塔に供給された。精留塔の運転停止操作により、局部的に高濃度に濃縮された過酸化物が爆発した。 過酸化物の生成挙動が把握されておらず、pH制御は品質管理上の点から行われており、過酸化物の分解に寄与するという考え方はなかった。 新規プロセスにおける過酸化物の存在を見いだせなかった研究開発の難しさ、運転面においては情報不足による不可抗力的な面もあるが、pH計の故障という機能不全に対する過小評価による事故ともいえよう。 |
事象 |
自社で技術開発したプロセスの1号機の、試運転に続く商業生産の初期の段階の事故である。溶剤を回収するメタノール精留塔内の内部圧力が異常に上昇し、精留塔上部1/3が爆発あるいは破裂して破損、周囲に破片が飛散した。 |
プロセス |
製造 |
単位工程 |
蒸留・蒸発 |
単位工程フロー |
図2.単位工程フロー
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物質 |
メタノール(methanol)、図3 |
過酸化水素(hydrogen peroxide)、図4 |
メチルヒドロペルオキシド(methyl_hydroperoxide)、図5 |
事故の種類 |
爆発・火災 |
経過 |
1991年1月 装置が完成した。何回か試運転を繰り返した。 6月19日より6月26日までの予定で生産を開始した。 6月25日 中和工程のpH計が不調となり、アルカリ供給量が自動制御されていたために酸性サイドの運転となった。25日夜からは中和用苛性ソーダの流量は実測のpHに基づいて調整した。 6月26日08:09頃 スルホン化反応を停止し、装置の停止に入った。 08:41 中和工程のpH計の点検をするため、中和工程を止めた。 08:50 中和工程の前工程の漂白工程を停止した。 09:06 メタノール精留塔への回収メタノールがなくなってきたので、メタノール回収塔への供給を止めた。供給停止後は、還流をかけながら、塔内インベントリーを抜き出すホールド運転と全還流運転へと移行していった。 10:05 精製メタノールを塔頂より回収する炊きあげ運転に移行した。 10:15 メタノール精留塔内で爆発が起こった。 |
原因 |
発災後の検討の結果、発災工程より2工程上流の漂白工程で漂白酸中に一部残存する無水硫酸がメタノールと反応してメチル硫酸を副生し、それが酸性条件下で過酸化水素と反応して過酸化物であるメチルヒドロペルオキシドを生成することが分かった。通常、この過酸化物は、中和工程で苛性ソーダを注入することにより少量に抑制されるが、発災当日は中和工程でpH計が故障していて、pH管理ができず通常よりもpHが低い状態、即ち過酸化物が分解されないまま精留塔に送られた。これが精留塔の全還流・全溜出操作で塔中央部で濃縮し、ある段では30- 40%になった。ある報告書によると、ARCによる熱分析試験の結果から、この過酸化物は濃度が約25%以上になると瞬時に分解し、多量の熱を発生するとしている。また、別の報告書ではこの過酸化物が40%以上になると爆轟が起こるとしている。爆発時点での爆発箇所の過酸化物濃度は数10%の濃度にまで局部的に濃縮されていた可能性がある。以上から、塔内で局部的に濃縮した過酸化物が熱爆発を起こしたとされた。 |
対策 |
精留塔へ供給するメタノールの過酸化物を除去する措置をとる。具体的には、 1.メタノールに亜硫酸ソーダ等の還元剤を添加する。 2.過酸化物量等のモニタリングを強化する。 3.運転マニュアルに上記2項を織り込み運転員の再教育を行う。 |
知識化 |
1.設計に当っては、プロセスの危険性を十分に調査し、適切な対応をとることが大切である。 2.蒸留は効率のいい分離手段であり、全還流では微量成分が塔の一定部分に濃縮されるので、予想外の濃度になる。要注意事象である。 3.運転では決められたことを決められたように実行し、実行させることが重要である。 |
背景 |
事故のトリガーは、pH計の故障とそのことの過小評価によりpH計の故障に気づかず中和工程でのpH制御運転の継続と精留塔における運転停止操作時の運転方法であった。 しかし、事故原因としてはいくつかの要因について考える必要がある。 まず、中和工程におけるpH制御は、界面活性剤の品質管理上重要な事項であるが、十分なpH管理に必要な設備や管理がなされていなかった可能性がある。 次に、上流工程で生成した過酸化物が中和工程での適切なpHの下で1/4-1/3程度に抑制されていたが、過酸化物の存在が研究開発では見出していなかった。これは発災2ヶ月後に過酸化物の分析法が確立され、過酸化物の存在と挙動が把握されたことを考えると、事故当時、そのことを期待することは困難であったであろう。 さらに、考えなければならないことはメタノール精留塔の運転方法である。蒸留時の不純物の濃縮による事故の例は多い。蒸留は最も効果的な分離方法であり、全還流や焚き上げでは通常の蒸留より濃縮効果は大きい。新規プロセスであることを考えると、運転操作として、精留塔への供給停止時に、塔内液全量を抜き出し、運転再開時に全量を精留塔に戻すような運転を行っていたら、同じ状況にならなかったのではないかと思われる。 |
よもやま話 |
新しく開発された製造法として業界の注目を集めていた。その新規脱色方法で爆発性の過酸化物が生成したが、その存在と挙動について把握できなかった。運転に入ってからのフォローでは過酸化物の存在を見いだすことは困難であろう。製造時のpH管理が適正に行われず、また、運転停止操作が適正に行われない状態では爆発は避けられなかったと思われる。 |
データベース登録の 動機 |
自社技術開発における研究開発の困難さと運転管理のあり方 |
シナリオ |
主シナリオ
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未知、未知の事象発生、研究開発段階で捕まらなかった、誤判断、状況に対する誤判断、計画・設計、計画不良、プロセス設計不良、不良現象、化学現象、濃縮、二次災害、損壊、爆発・火災、身体的被害、死亡、2名死亡、身体的被害、負傷、13名負傷、組織の損失、経済的損失、損失10億円
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情報源 |
消防庁、メタノール精留塔運転中の爆発火災、危険物に係る事故事例‐平成3年、PAGE64-67
吉田忠雄、中村昌允、長谷川和俊、安全工学、No.194、p.370-378(1996)
川崎市危険物安全研究会、今すぐ役に立つ 危険物施設の事故事例集(FTA付)(1997)、p.8-10
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死者数 |
2 |
負傷者数 |
13 |
物的被害 |
現場西側を主に半径800mの範囲に飛散し近隣18社に被害.メタノール精留塔大破,付属ポンプ類焼損,付属タンク配管大破,建屋壁,窓ガラス破損.メタノール被害. |
被害金額 |
8億5,000万円(消防庁による) |
全経済損失 |
10.1億円 |
マルチメディアファイル |
図3.化学式
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図4.化学式
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図5.化学式
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備考 |
WLP関連教材 ・化学プラントユニットプロセスの安全/蒸留における安全 ・プラント機器と安全-概論/プラント機器と安全概論 |
分野 |
化学物質・プラント
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データ作成者 |
新井 充 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻)
田村 昌三 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻)
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